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​ABOUT ME

​小木曽 恭子 Kogiso Kyoko

1968年10月生まれ 東京都出身

1993年 武蔵野美術大学大学院美術専攻油絵コース  修了

現在   2児の母 英会話教室を開きながら国立市の自宅にて制作

​日常の風景

スタジオ?アトリエ?

息子の部屋を借りて制作。部屋のほとんどを占領している上、絵の具で部屋が汚れてしまうので申し訳なく思っている。ファイロごめん。

​クリスマスツリー

​子供が小さかった頃、クリスマスツリーがなかったので、代わりにひょうたんで作ったもの。今はホコリをかぶっているが気に入っていたので捨てられずにいる。

石亀のロッキー

数年前、車の往来が激しい道路沿にあるうちの敷地の中を、どこからやって来たのか小さな石亀が歩いていた。ロッキーと名前を付けて早速家族の一員になってもらった。名前を呼べば走ってやってくるし、遊んでくれとでも言うようにいつも足元につきまとう。亀のふりして実は犬なんじゃないか、と訝しむこともある。うちに来てロッキーのファンになり、石亀を飼い始める人もいる。

​わざわざ向こうからうちに来てくれたのだから、ロッキーが心地よく生活をしてくれるよう日々心を砕いている。水槽にスロープを付けたのでロッキーはいつも自由に部屋の中を歩き回っているし、日向ぼっこしたくなれば、亀専用ドアをくぐって外へ出る。ただ、うちの床と甲羅が全く同じ色をしているので過って住人に踏まれたりする危険もある。ロッキーには本当に申し訳ないが、たまにアイスパックよろしく蹴飛ばしてしまうことがある。そんな時ロッキーはマリオのノコノコみたいに、さっと手足を縮めて床を無言で滑って行き、止まって数秒してからまた手足を出してニコニコ(?)とこちらにやってくる。

ハンモック

​最初のマヤンハンモックは数年でダメになってしまった。コットンの糸で編まれてるので子供が乱暴に扱えば糸が切れてしまうのだ。そこで、丈夫そうな布製のブラジリアンハンモックを真似て作ってみた。当時「ハンモックの作り方」なんてネット上でも見つけられなかったので、やっと見つけたブラジルのハンモック工場の一枚の写真の、ミシンに向かう工員のお姉さんの手元を拡大してロープをつける位置の見当をつけ、あとは想像で仕上げたが、ちゃんと機能している。

​刺繍

​刺繍は良い。ほんのちょっとの空いた時間にカゴから取り出してチクチクして、またそのままカゴに突っ込んでおけば良いし、誰かとお喋りをしながらでもできる。一人黙ってチクチクしながら色々なことを考えたり、思いにふけったりもできる。

これは真文が幼稚園で七夕の短冊に「きれいなおねえさんになりたい」と描いたもの。モダンなドレスが素敵だったので拡大して刺繍し、クッションにした。

幼少のお絵かきを元に。カーテンの右側はマアヤの絵、左はファイロの絵を刺繍。

​古い家具

​ある椅子は、小さな教会の牧師の椅子だったり、鎌倉の旧家を取り壊した時に出たものだったりする。出どころの知れないものでも以前の持ち主がつけたであろうキズや凹みを見てどんな人が使っていたのだろうと思いを馳せることができて楽しい。イケヤの家具より安く手に入れているし、新しいものを置くより部屋を流れる時間に、深みを増してくれるような気がする。

​マアヤのトレー

10年前に近所のレストランから使わなくなった白いトレーを沢山もらったので当時4歳だったマアヤに絵を描いてもらった。その絵が思いの外素敵だったので私がルーターでなぞって着色したもの。今でも毎日使っている。

ギリシャ神話

マアヤの初めての学習机。捨てようと思っていたデスクに当時マアヤが大好きだった『オルフェウスとエウリュディケ』の物語をペイント。オルフェウスの竪琴、カロンの渡し舟や冥界の王ハデスと王妃ペルセポネーの椅子。

​ビーナス

近所のスパへ行くと、おばちゃん達がいい加減な感じの『ビーナス』のポーズで歩いている。昔の女性と現代の女性の間にも変わらぬ恥じらいの立ち振る舞いがあるのだな、などと考えながら、『ビーナスの誕生』に着装を得てなんとなく制作し始めたら、いつの間にすっかり引き込まれてしまい、『ビーナス』を止められなくなってしまった。今時は名画をネットで見れば、原画の一部をかなり拡大しても細部までクリアに見ることができる。何度もこの絵を見た結果の独自の感想だが、『ビーナスの誕生』のゼフロスを始めとする取り巻きはあくまで脇役で、背景もどうでもよく、この絵の一番の魅力はやはり主役のビーナスの物憂げな表情と、傾いた立ち方の角度、そして大きく開いた美しい帆立貝なのだと思う。